小森のおばちゃまの訃報を聞いて驚いた。
というのは、一週間以上前に、ネットか雑誌かは忘れたが、「淀川先生も小森のおばちゃまも亡くなられて」という文章を読んで、「ああもう亡くなってたか」と(誤)認識したばかりだったからだ。
「あの人は亡くなって、あの人は存命で」という区別は、自分の人生が長くなればなるほど管理していくのが難しくなってくる。
その場合の「そういえばあの人は」の対象となる人物は当然年月を経るにつれ増えていく一方なのに、記憶力はこれまた衰えていく一方だからだ。
だったら、こうなったら「森繁はまだ生きている」だけは大丈夫だが、あとの「あの人」たちは全部疑ってかかることにしていこうと思う。
まあ、「おばちゃまは大往生だった」ということで、ワイドショーでも「残念ではあるがほほえましいエピソード」が多数が報じられていた。生前のインタビューで、「徹子の部屋」のことを「徹子ちゃんのお部屋」と言っていたのが面白かった。
また、「おばちゃまの思い出を語る水野晴郎」のシャツに、くっきりと輝く「シベリア超特急」のロゴを見て、思わず声を出して笑ってしまったが、「追悼のインタビューにこんなシャツを着るとは不謹慎だ」とも思ってしまったのは、「シベリア超特急」を「愉快な映画」だと認識しているということです。この認識は正しいかい?ぼんちゃん。